忘れもしないあの日……朝から曇りだったんですよ。
天気予報を見ても傘マークがついていたから傘を持って出勤しました。が、終業時間に雨が降っていなかったので忘れてしまったんですよ。退勤にウキウキしてそのまま地下鉄に乗り一目散で自宅を目指したわけなんですが……わたし本当にびっくりしてしまって、一重眼が二重になって天を睨みつけました。最寄りの地下鉄を降りて改札を抜けて階段を上って地上へ出てみたら、豪雨なんです。雷まで鳴って、機銃掃射のような水玉がものすごい音で地上を叩いているんです。持って家を出たはずの傘は会社の傘立てです。
これ、セミだったら大変なことですよ。七年も地中で過ごし、やっと地表に出てみたら突然ガトリング砲で撃たれるわけですから。
自宅まで小走りで五分。トートバッグにはmacbook。これはまずい。帰りにおかずを買おうという目論見もすべて切り捨ててラグビー選手のようにバッグを抱えて戦場へ飛び出しました。背中を叩く銃弾を無心で耐え、傍から見たら滑稽だろうと思うものの恥じらいを鉄の意志でねじ切って、自宅マンションエントランスへ転がり込みました。
エレベータ前には傘をたたむ精悍なスーツ姿の男性、かたやこちらはずぶ濡れの貞子。とても同じエレベータに乗る気にはならず階段を選びました。おかずも無いので白米とふりかけで夜を済ませ泣きながら寝ました。
一粒万倍日といわれて思い出すのはこの一日です。